新規高分子原料となるバイオビニルモノマーの探索と機能評価
本研究は京都工芸繊維大学の注目研究(2023年4月)に取り上げられました。
ある種の微生物はイタコン酸やイタコン酸類縁体(イタコン酸の基本骨格を有する分子)を生産します(図1.1)。私たちは、これらを「バイオビニルモノマー」と呼んでいます。バイオビニルモノマーは、電子不足な末端C=C結合を有するため、ラジカル重合可能な新規高分子原料として利用できると考えています。しかし、種類が限定されており、発酵生産の技術もありません。また、微生物がどのように生合成しているのかも不明な部分が多くあります。
糸状菌Aspergillus terreusが生産するイタコン酸は、工業的に発酵生産されている唯一のバイオビニルモノマーです。イタコン酸は抗菌活性や抗炎症活性などの生理活性を有します。また、イタコン酸を含むポリマーは抗ガン活性(J. Polym. Environ., 27:2756 (2019))や抗炎症活性(Adv. Funct. Mater., 31:2003341 (2021))を示すことが報告されており、イタコン酸をベースにした抗炎症剤や医用高分子(メディカルポリマー)の開発が期待されます。同様に、イタコン酸類縁体も多様な生理活性を示すことから、バイオビニルモノマーの生理活性は末端C=C結合の構造に起因すると考えられます(Appl. Microbiol. Biotechnol., 104:9041 (2020))。また、イタコン酸は発酵生産性が80 g/Lほどと比較的高いですが、イタコン酸類縁体は生産性が低いものが多く、産業利用するための道はまだ拓かれていません。
本研究では、新しいバイオビニルモノマーの探索と機能評価を目的として、生産菌を土壌などから選択的に分離する技術の開発、バイオビニルモノマーの発酵生産技術の開発と生理活性(抗菌性、抗炎症性、抗ガン活性)と重合性評価(反応性解析、ポリマー物性評価)など、バイオビニルモノマーを新規高分子原料として利用するための一連の研究を行っています(化学と生物, 60:63 (2022))。
図1.1 イタコン酸とイタコン酸類縁体の基本構造
植物バイオマスなどの再生可能な生物資源から作られるバイオマスプラスチックは、サステナブルな材料であり、また、使用後に大気中へのCO2排出量を変化させないカーボンニュートラルの性質を持ちます(図1.2)。つまり、バイオマスプラスチックは環境に優しい材料です。その原料となるモノマーは微生物を用いて生物資源から発酵生産により作ることができます。これまでのバイオマスプラスチックは、環境調和型材料としてカーボンニュートラルや生分解性の性質に重きが置かれ開発されてきました。将来は、更に高次の機能を有するバイオマスプラスチックが求められると予見されます。その一つとして、微生物の代謝物が示す固有の生理活性を発現させたメディカルポリマーの開発が考えられます。もし、バイオビニルモノマーを高分子原料として利用するための道を拓くことができれば、それらの生理活性を発現させた新たな高分子材料の開発が可能になるかもしれません。
図1.2 バイオマスプラスチックのライフサイクル(ポリ乳酸を例として)
一方、汎用プラスチックの多くは石油から得られるビニルモノマーを原料とします。これらは安価で加工性が良く大量生産が可能なため広く利用されています。ビニルモノマーは末端C=C結合を有していますが、もし、この構造を持つ分子を微生物で発酵生産できれば、汎用プラスチックをバイオベース化することができます。また、単に原料を石油から生物資源に置き換えるのではなく、新たな機能を有し微生物でしか作ることのできないビニルモノマーを大量に発酵生産することができれば、新しい汎用プラスチックの開発が可能になるかもしれません。バイオビニルモノマーを汎用プラスチックの原料として利用されるには、機能性の他に安く大量に作ることができることが条件です。そのため、バイオビニルモノマーを高生産する微生物の取得と効率的な発酵生産技術の開発が求められます。
研究室でのこれまでのバイオビニルモノマーに関する研究を紹介します。
1. バイオビニルモノマー生産菌の分離技術の開発
自然界にはイタコン酸やイタコン酸類縁体であるバイオビニルモノマーを生産する微生物が存在します。これまで見つかっているバイオビニルモノマー生産菌の多くは真菌です。新しいバイオビニルモノマーの探索を目的として、私たちは、まず、バイオビニルモノマー生産菌を自然界から選択的に分離するための技術の開発に取り組みました。幾多の微生物の中から目的の微生物を分離する操作を「スクリーニング」と呼びます。私たちは、バイオビニルモノマーの分子構造に着目し、末端C=C結合に特異的な付加反応である有機合成反応①チオール-エン反応(Thiol-ene reaction)、②溝呂木-ヘック反応(Mizoroki-Heck reaction)、③1,3-双極子付加環化反応(1,3-dipolar cycloaddition)をベースとした独自のスクリーニング技術の開発を行ってきました(図1.3)。これら有機合成反応を微生物のスクリーニングに利用した初めての取り組みです。私たちは、この技術を「Discover(Direct screening method based on coupling reactions for vinyl compound producers)、カップリング反応に基づくビニル系化合物生産菌の直接分離法」と名付けました。現在、開発したスクリーニング技術を用いて新しいバイオビニルモノマーの探索を進めています。
図1.3 バイオビニルモノマー生産菌の分離技術「DISCOVER」
①チオール-エン反応の利用(Sci. Rep., 9:16007 (2019))
アルケンとチオールの付加反応であるチオール-エン反応を用いた方法です。この反応は反応選択性が高く副反応を生じにくいクリック反応(Click reaction)の一つです。まず、チオール化合物であるα-チオグリセロールと水溶性ラジカル開始剤であるVA-044を含む寒天培地に、土壌などの分離源を塗布し培養します。すると、バイオビニルモノマー生産菌が生産するバイオビニルモノマーが寒天培地中のα-チオグリセロールに付加します。その結果、α-チオグリセロールの抗菌活性が失われ、バイオビニルモノマー生産菌が寒天培地上に優位にコロニーを形成できます。得られたコロニーをバイオビニルモノマー生産菌の候補として解析を行います。寒天培地に塗布するだけでバイオビニルモノマー生産菌を選抜することができるため非常に簡便です。一方、α-チオグリセロールに耐性を示す微生物も同じくコロニーを形成するため分離の精度が低いのが欠点です。
②溝呂木-ヘック反応の利用(J. Planar Chromat., 28:12 (2015), Heliyon, 22:e02048 (2019))
アルケンとハロアルカンの付加反応である溝呂木-ヘック反応を用いた方法です。まず、土壌などの分離源を寒天培地に塗布して微生物を単離します(図1.4)。単離株を液体培養し、得られた培養液にヨードベンゼンとパラジウム触媒を添加し反応させます。すると、バイオビニルモノマーが培養液に含まれる場合、バイオビニルモノマーにフェニル基が付加されます。反応液をHPLC解析し反応物の有無を調べることでバイオビニルモノマーの存在を確認できます。また、反応の進行は副生するヨウ化物イオンをヨウ素デンプン反応で検出することで呈色により簡便に知ることができる点で優れます(図1.5)。10 μL培養液を使用し1時間で反応が終了するので、ハイスループットスクリーニングに適しています。一方、培養液中にグルコースなどの還元性化合物が含まれると副反応であるウルマン反応(Ullmann reaction)が起こり、バイオビニルモノマーが培養液中に含まれていなくてもヨウ素デンプン反応で呈色してしまう点が欠点です。
③1,3-双極子付加環化反応の利用(Anal. Bioanal. Chem., 415:4661 (2023))
アルケン(アルキン)と1,3-双極子の付加反応である1,3-双極子付加環化反応を用いた方法です。この反応もクリック反応の一つです。まず、単離株の培養液を得ます。培養液にテトラゾール化合物である5-(4-メトキシフェニル)-2-フェニル-2H-テトラゾール(MPPT)を添加しUV照射(302 nm)します。すると、バイオビニルモノマー生産菌の培養液に含まれるバイオビニルモノマーとUV照射でMPPTから生成する1,3-双極子が環化付加反応を起こし蛍光化合物が生成します。この反応は光照射によりクリック反応を起こすため、フォトクリック反応(Photoclick reaction)とも呼ばれます。反応液をUV照射(365 nm)で観察し蛍光の有無によりバイオビニルモノマーの存在を確認できます。蛍光により高感度に検出できる点で優れます。3 μL培養液を使用し僅か30秒で反応が終了するので、ハイスループットスクリーニングに適しています。培養液に含まれる夾雑物の影響は受けにくいですが、微生物が蛍光を示す代謝物を生産している場合は蛍光だけでは判別が困難な点が欠点です。
図1.4 土壌を塗布培養して得られた微生物のコロニー
図1.5 溝呂木-ヘック反応後の呈色操作の様子
2. ヒドロキシヘキシルイタコン酸生産菌の分離
日本各地の土壌48種から200株の微生物を単離後、単離株の培養液を用いて溝呂木-ヘック反応を行いました。HPLC解析の結果、うち11株はイタコン酸を生産していましたが、8株はイタコン酸とは異なる2種類のイタコン酸類縁体を同時に生産していることがわかりました。8株のうち、S17-5株の生産する2種類のイタコン酸類縁体をLC-MSおよびNMRで構造解析しました。その結果、S17-5かうぶの生産するイタコン酸類縁体は9-ヒドロキシヘキシルイタコン酸(9-HHIA)と10-ヒドロキシヘキシルイタコン酸(10-HHIA)であることが明らかとなりました(図1.6)(Microorganisms, 8:648 (2020))。26S rRNA遺伝子解析した結果、S17-5株はAspergillus nigerと同定されました(図1.7)。
図1.6 S17-5株の生産するヒドロキシヘキシルイタコン酸
図1.7 イタコン酸類縁体生産菌A. niger S17-5
3. ヒドロキシヘキシルイタコン酸の発酵生産
A. niger S17-5を3%グルコース含有無機塩液体培地でフラスコ培養したところ、培養25日後に9-HHIAと10-HHIAをそれぞれ0.35 g/Lと1.01 g/L生産しました。一方、培地に1 mM オクタン酸を添加したところ、それらの発酵生産性が約1.3倍増加したことから、オクタン酸が9-HHIAと10-HHIAの前駆物質であることが示唆されました。次に、100 mM オクタン酸を添加した30%グルコース含有無機塩液体培地にてA. niger S17-5をジャーファーメンターで溶存酸素濃度40%を維持しながら通気培養したところ、培養10日後に9-HHIAと10-HHIAをそれぞれ0.48 g/Lと1.54 g/L生産しました(図1.7)。よって、培養条件を最適化することで更なる発酵生産性の向上が期待できることが示唆されました。これはイタコン酸類縁体をジャーファーメンターを用いて発酵生産した初めての成果です(J. Appl. Microbiol., 130:1972 (2021))。
オクタン酸の添加が発酵生産を促進することから、A. niger S17-5における9-HHIAと10-HHIAの生合成機構を次のように推定しました。まず、オクタノイル-CoAとオキサロ酢酸からアルキルクエン酸回路を介してヘキシルクエン酸が生成します。これがヘキシルアコニット酸へと変換された後、酵素的に脱炭酸と水酸化されて9-HHIAと10-HHIAが生合成されるという機構です(図1.8)。
図1.7 ヒドロキシヘキシルイタコン酸の発酵生産
図1.8 ヒドロキシヘキシルイタコン酸の推定生合成機構
4. ヒドロキシヘキシルイタコン酸の生理活性評価
分取HPLCにより培養液から9-HHIAと10-HHIAを精製しました。精製した9-HHIAと10-HHIAを用いて、緑膿菌やメチシリン耐性黄色ブドウ球菌などの病原性細菌に対する抗菌活性を試験しましたが、抗菌活性は確認できませんでした。また、リポ多糖(LPS)で炎症を誘導したマウスマクロファージ様細胞株(RAW264)にイタコン酸、9-HHIA、10-HHIAをそれぞれ添加しIL-1βとIL-6産生量を定量することで抗炎症活性を試験しましたが、明瞭な抗炎症活性は確認できませんでした。一方、9-HHIAと10-HHIAをヒト子宮頚癌細胞(HeLa)とヒト胎児肺線維芽細胞(MRC-5)に添加し細胞生存率を調べたところ、9-HHIAはHeLaMRC-5の両方に対して,10-HHIAはMRC-5に対して生存率を低下させる作用があることがわかりました(図1.9)(Microorganisms, 8:648 (2020))。両化合物と比べてイタコン酸の作用は低かったことから、ヒドロキシヘキシル基が細胞生存率を低下させる作用に関与していること、また、ヒドロキシヘキシル基上のヒドロキシ基の位置が両細胞に対する効果の違いに関与していることが示唆されました。
図1.9 ヒドロキシヘキシルイタコン酸の細胞生存率に与える効果
5. ヒドロキシヘキシルイタコン酸の高分子原料としての評価
10-HHIAを高分子原料として利用できることを確かめるため、仕込み比をイタコン酸と共重合しました。仕込み比を変えながら、KPSを用いてイタコン酸と10-HHIAを水中で75℃、48時間反応させフリーラジカル重合しました。精製後の重合物を1H NMRを用いて解析し、目的の共重合体であるポリ(イタコン酸-co-10-HHIA)の合成を確認しました。本成果は、微生物が生産する天然のイタコン酸類縁体を用いて高分子を合成した初めての報告です(図1.10)(Materials, 13:2707 (2020))。ポリマー中の10-HHIAユニットが増えるにつれて、転化率、収率、分子量とも低下する傾向が見られましたが、多分散度は1.08~1.29と比較的低い結果となりました(表1.1)。また、10-HHIAを単独重合した場合の重合度はイタコン酸を単独重合した場合のそれよりも低くなりましたが、これは10-HHIAのヒドロキシヘキシル基の立体障害が原因と考えられました。
図1.10 ポリ(イタコン酸-co-10-HHIA)の合成
表1.1 ポリ(イタコン酸-co-10-HHIA)の合成
6. 今後の展望
イタコン酸を除き、現時点で実用化されているバイオビニルモノマーはありません。しかし、それらは多様性に富んでおり、高分子原料のみならず個々の機能に応じた特有の工業原料としての利用が期待できます。例えば、反応性乳化剤や、ポリマー材料の内部可塑化や増粘性付与を目的とした高分子原料など、アルキル鎖や環構造の構造を活かした工業原料としての利用が考えられます。また、多様な生理活性も有しており、もし有効性が示されれば医薬品原料としての利用も期待できます。それら点では、既存の工業原料と差別化を図ることができると考えられますが、発酵生産に関する研究は殆どなく、生産性の低さが実用化に向けたボトルネックとなっています。また、それ故に工業原料としての機能を十分に評価できない状況にあります。もし、バイオビニルモノマーを高生産する微生物を取得、あるいは高生産するための発酵生産技術が確立できれば、実用化に向けた研究が加速すると期待されます。